【初代叡王】自分は飛車?!若きタイトルホルダー高見泰地の将棋への思い

昨今、数々の記録を打ち立てている藤井聡太氏の話題で世間は持ち切りですが、若くしてタイトルを取った高見泰地氏を皆様はご存じでしょうか。

叡王(えいおう)とは何か、高見泰地のルーツや将棋への思いをまとめました!

もくじ

初代叡王高見泰地の叡王戦

叡王戦とは


叡王戦はドワンゴ主催の将棋の棋戦で8つあるタイトル戦のうちの一つです。
段位別予選、本戦トーナメントを行い、決勝進出者2名が挑戦者決定三番勝負を行う。
2017年にタイトル戦に昇格した一番新しいタイトル戦で、このトーナメントの勝者が「叡王」の称号を得ることができます。

25歳で挑んだ叡王戦

高見泰地は25歳の時に、タイトル戦に昇格したばかりの叡王戦に挑みました。豊島将之、渡辺明、丸山忠久、金井恒太らを破り、タイトル初挑戦で見事初代叡王に輝きました。

なぜ高見泰地は将棋の棋士を目指した?

11歳で奨励会に入会

幼稚園時代に父親に買ってもらったボードゲームセットに将棋が含まれていて、将棋に興味を持ち、将棋連盟の経営している「子供スクール」に入学、卒業し、研修会を経て、2005年4月11歳で奨励会に6級で入会しました。

はじめての指導対局は「羽生善治先生」

子供スクールに通う前に参加したチャリティイベントに参加した際に、高見泰地は羽生善治先生から指導対局を受けています。そのことは、「プロになった今でも忘れられない思い出」と語っています。

同級生は強かった。もっと強くなりたいから…

同年代が強く、小学校の時に大会に出るほど上を目指したい気持ちが強くなり、「同年代もプロを目指すし自分も将棋を職業にしたい」という気持ちから小学校高学年の時に、棋士になることを決めたそうです。

若きタイトルホルダーな理由、自分を駒に例えるなら「飛車」その理由は?

日々の研究

将棋は経験や知識がものをいう競技であり、対局に勝利するには日々の研究は欠かせないものとなります。

研究会VSという棋士同士で、互いに対戦し1戦毎組み合わせ事に考察を行う、といったことを繰り返したりしているようです。

高見泰地は、「ほかの人の意見を聞けるのは、いい機会だな」と語っていました。

個人研究

他の棋士と、合同でやらない場合は、自分ひとりで黙々と研究をすると語っていました。自分の家だけでなく、シェアハウスでやる場合は、先輩や友達がいたら指してもらい、研究に役立てるようです。

一人で研究をする際は、自分がどうやって勝ちたいかというイメージを考えるように作業をするようです。

自分を駒に例えるなら「飛車」

高見泰地は自分を駒に例えるならという質問で「飛車です」と答えています。

 「飛び出しただけだととられてしまうが、暴れまわることでもっと活躍できる。みんなからの厳しい目線が来るのはわかっているので、だからこそこの飛び出した車に乗ってアクセル全開で行きたいと思います。」

といった旨の話をしていました。

再び叡王に返り咲く事はできるか

第4期叡王戦では、永瀬拓矢の挑戦を受け0勝4敗のストレート負けでタイトルを失冠し、第5期叡王戦では予選敗退してしまった高見泰地ですが、第6期叡王戦や他タイトル戦にて再び称号を取り戻すことができるのか、今後の動向から目が離せません。

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