安倍晋三元首相を国葬にしたい理由とは?国葬に批判が殺到したわけは?国葬とは何か?歴代の国葬者をまとめてみた!

政府が昨日、参議院遊説中に銃撃され亡くなった安倍晋三元首相の国葬を9月下旬に日本武道館で行う調整に入ったと発表がありました。

この政府の発表に安倍元首相の国葬に対してSNSでは批判が殺到しています。

今回は、国葬を執り行う理由国葬を執り行うとして批判が殺到したわけについて。また国葬とは何か歴代首相の国葬者などを調査してきました。

もくじ

安倍元首相を国葬にする理由とは?

街頭演説中に銃撃され7月8日に亡くなった安倍元首相。14日に岸田総理が記者会見で安倍元首相の国葬を執り行うことを発表しました。

国葬をする理由について岸田総理は、

卓越したリーダーシップと実行力をもって総理大臣の重責を担った。

国葬を営むことで、我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示したい。

この二つが理由として語られていました。

反発の声が続出したわけとは?

SNSでは安倍元首相の国葬に対して、#国葬反対トレンド入りするほど反発の声が続出してしまいました。
反対者の意見を調査してきました。

・岸田総理の国葬の理由に根拠がない
・統一教会問題
・森友学園問題
・桜を見る会問題
ざっくりとまとめてみました。このような問題点がある分、国葬に対しての反対する声が続出していました。

国葬とは何か?

安倍元首相の国葬について賛否両論がある中、国葬とは何か知らない人もいるのではないでしょうか?国葬について簡単にまとめてみました。

国葬とは、政労があった人が亡くなった際に、国家儀式として行われる葬儀のことです。政府が主催し、国費を使って行う葬儀のことをいうそうです。

日本の戦前と戦後の国葬の変化について

戦前→大正15年に国葬令が公布
   天皇の勅令として行われる(ちょくれい:天皇が直接発する命令・法令)

戦後→国葬令が失効
   国民葬として主に国費で国民全体の名で執り行われる。

歴代首相の国葬者は?

歴代の首相で国葬を執り行われた人を紹介していきます。

〈戦前〉
1909年(明治42年)11月4日  伊藤博文
1922年(大正11年)2月9日  山縣有朋
1924年(大正13年)7月12日  松方正義
1940年(昭和15年)12月5日  西園寺公望
〈戦後〉
1967年(昭和42年)10月31日 吉田茂

今回2022年9月に予定されている安倍晋三元総理大臣の国葬は、戦後において1967年の吉田茂氏以来となり、55年ぶりにもなります。

戦後の国葬は国民葬や内閣、衆議院、自由民主党などの合同葬という形が一般的のようです。また、国葬の費用は全額国費で負担されます。今回の安倍元首相の国葬について批判的な声が続出するわけに関係しているのかもしれませんね。

まとめ

今、安倍晋三元首相の国葬について注目が集まっています。その中で国葬を執り行う理由について、国葬が反対されるわけについて調査しました。また、国葬についてと歴代首相の国葬者についてもまとめてみました。
いかがだったでしょうか?

SNSを見ていると国葬にしよう!という意見、国葬は反対だ!という意見が半々見受けられているように思いました。

安倍元首相に対して、銃撃事件の悲劇による亡くなり方。外交を通して世界各国と交流し、たくさんの追悼文が送られるほど愛された人。森本学園問題、桜を見る会問題など解決せず辞任した首相。新たに噂が飛び交う統一教会についてなど。一人一人を考えれば、二つの顔、二つの立場があり、国葬に対して賛成・反対。この意見が飛び交う状況がなんとなくわかるようにも思いました。

国葬を行うとして今進められていますが、行われた場合はしっかりと追悼の意を表してくれる人が増えることを願いたいです。また、世界各国から多数の参列者が見込まれているとのことなので何もない平和な日になることを祈りたいと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました。


よかったらシェアしてね!
もくじ
閉じる